試練からのギフト⑩介護は1人で背負いこまず、信じてゆだねる

父の緊急入院、下血により特別養護老人ホーム緊急ショートステイの母受け入れ拒否など色々ありました。渦中にいた時は不安でしょうがなかったのに、どんなに大変なことが起きてものどもと過ぎれば熱さを忘れるといいますね。10月も半ばを過ぎ、じょじょに記憶が薄れてきました。

忘却力は時間薬。心を癒し、強くしてくれるのかもしれませんね。

ただ・・・忘れたくない気づきを、忘れないうちにまとめたいと思います。

今回の内容は、本当に辛い時こそパートナーに「つらい」、「助けて」と言うこと信じてゆだねた貴重な経験について書きました。

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突然起こる家族の入院に際して事前に知っておいて欲しい!と感じたことを『試練からのギフト』シリーズ(単発読み切り)としてまとめています。

これまでの一覧はコチラ↓
試練からのギフト①父の入院
試練からのギフト②救急医との面談。延命治療の意思確認
試練からのギフト③父の病状説明と特養からの受け入れ拒否
試練からのギフト④まさかの病院も入院拒否!?
試練からのギフト⑤父の治療拒否
試練からのギフト⑥父の決断に寄り添う
試練からのギフト⑦父の挑戦。血管塞栓術(IVR)を受ける
試練からのギフト⑧ほめ介護実践
試練からのギフト⑨在宅介護の葛藤と向き合う

母、受け入れ先が決まる

父が9月4日に血管塞栓術を受けた夕方、ケアマネージャーTさんから連絡が入り母のショートステイ先が決まった。区の指定機関で1週間だけ補助金が受けられる私立の有料老人ホームに入れることになったそうなのだ。そこは隣に系列のクリニックがあり、下血の不安を抱えた母でも受け入れてくれたのだった。ありがたい。

両親はそのクリニックの隣にある区のマンションに2年ほど仮設住宅として住まわせてもらったことがあり、当時母も通院していた。9月5日に見舞った際父に、「お母さんね、○○クリニックに預かってもらうんだよ!だからね大丈夫。」と、少々はしょって伝えたら、聞きなじみのある名前に「そこならば知ってる。大丈夫だな!」と安心していた。

母への複雑な想い

6日の午前中、仕事に行く兄と交代して深夜の12時まで母のお世話をすることになっていた。

ずーっと2人で過ごすかと思うと気が重かった。

実は私は、母とあまり仲が良い娘ではなかった。

年の離れた二人の兄の次に生まれた待望の娘に対して「優しく女らしくあって欲しい」や、先生一家だったから「優秀でなければいけない」などの期待が大き過ぎて、それに応えられないギャップに苦しみ、反抗期も大変長かった。(教育者の子供アルアルかもしれません。ふふふ)

18歳で東京に出て一人暮らしの苦労を知ったことは、双方に取って本当に良かったと思う。

私が生まれてからの母は専業主婦、料理や編み物が得意で父を立てて尽くす良妻賢母だったと思う。たまに帰省しては「せっかく東京に出したのに全然垢ぬけない。」「いい人はいないのか?」と言われ、「そんなこと言うから、こんな家に帰りたくない」とよくケンカをしたものだ。

同性の介護は辛い

もと小学校教師でしっかりしていた母は認知症初期のころ、記憶が薄れる自分を受け入れられずに混乱していた。発症して10年以上経つ現在、「私は馬鹿になった。馬鹿ていこ」と自分を否定したり、「痛いー。苦しいー。こんなに辛い思いをするんだったら早く死にたい」と叫ぶ。そういう時はもしかすると認知がハッキリしている時なのかもしれない。自覚できるからこそ、辛いのだ。

寄り添ってあげなければと思いもするが、たびたび「なんでこんなに具合が悪いの?死にたいー」と叫ばれると、「こっちが死にたいよ」という想いがふつふつと湧いてくる。

汚して迷惑をかけたくないというプレッシャーのあらわれからか?母は「トイレに連れてってー」と何度も言う。1時間に8回ぐらい行くときもある。

介護開始早々の昼間は優しさが残っていたけれど、洗濯物を畳んだり、荷物をパッキングしている手をその都度止めなければならず、「ひとりで行ってくればいいじゃない」とツイ突き放した物言いになってしまう。

母の様子を見ていると、「私が将来こうなったら誰が面倒見てくれるんだろう・・・。そこまでして長生きしたくない。」などと、ネガティブ感情に支配されてしまう。

更年期のホルモンの乱れにプラスして父の入院、認知症の母の世話は、身体が疲弊しているだけでなく、心のゆとりも枯渇しているのを感じた。

素直にSOSを告げる

あまりにも辛くてパートナーの”こ~さん”に、「優しく出来なくて辛いんだ・・・」とチャットした。

すると、「そうか。なら、イベントが終わった夜なら行けるよ。一緒に泊まろうか?」と返事をくれた。

「えー、うれしい!でもさ・・・ソファー1個しかないし寝る場所ないよ。」と言ったら、

こ~さんは、「どこでも寝れるよ。一晩ぐらい平気だよ。」と言ってくれた。本当に辛い時、やさしい言葉が胸にしみる。

デラコ「ありがとう!!助かる!兄が12時に来てくれるって言ってたから。その時までで大丈夫。7日は終日だから家で休まないと体もたないからね。」と夕飯時に来てもらうことになった。

「もう直ぐこ~さんが来てくれる」と思えたからイライラする気持ちが治まったのもつかの間・・・、床につばを吐かれたりすると、「なんでそんなことをするの~!!」とつい怒ってしまう。

情緒不安定な自分に嫌気がさしていたころ、こ~さんが現れた。

作るのがめんどうだったので、近所のお蕎麦屋さんから出前を取ることにした。

お腹が満たされたら眠気がおそってきた。

デラコ「あー、めちゃくちゃ眠い。」と言ったら、

こ~さん「お母さんを俺見とくからいいよ。」

デラコ「え、トイレとかどうするの?」

こ~さん「適当にやるから気にしなくていいよ。」と言ってくれるではないか!?

いいから、いいからとバスタオルをかけてもらうとそのまま寝落ちしてしまった。

2時間ぐらい寝ていただろうか・・・気づくと、こ~さんはベッドサイドで母の手をにぎり寄り添ってくれていた。

安心して目をつぶっている母をみて、「ありがとうねー。」と心から伝えた。
続く・・・

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