特別養護老人ホーム入居は新たな始まり

東日本大震災で上京後に目黒区の公営住宅に住んでいた両親が特別養護老人ホームに入居して5日間が経ちました。

今回のブログはつらつらと、今の心境と、新たな課題(チャレンジ)について書きました。

突然お知らせしたのでビックリされた方も多いと思います。お知らせしてこなかった理由は、入居ギリギリまで「本当にうつれるのか?」が心配だったためです。1つは両親の体調面、もう1つは父の精神面のケア。

高齢の親に寄り添う際にどうしてきたか備忘録としてまとめます。今介護中の方のヒントになれば幸いです。

最近の父の様子

来月90歳の父は、最近まだらボケが出始めていました。

日常生活は自分で過ごせるけれども、忘れてしまうことが増えて混乱してしまう。すると気落ちすることが増えるだけではなく、その憤りが怒りに変わりやすくなりました。

怒りモードの時は会話になりません。怒りの矛先が母に向かうことも多々ありました。それは言葉だけではなく、時に手が出ることもあったかもしれません。

現場にいたら止められるけれど、いなければそれも難しい。どうやって気づくかと言うと、母の体に出来る痣から推測します。

その辺りはヘルパーさんやデイサービスの連絡ノートから把握していました。

そうなってしまう父の気持ちも痛いほど分かります。以前書いた「試練からのギフト」が書き進められなくなったのは、私にもDVの予兆のようなものを感じたからです。

お陰様で、日頃の訓練のたまもので物理的な距離をとってみたり、呼吸法を実施して回避できました。セルフケアの重要性を身に染みて感じてきたので、ほめ介護のプログラムとしてお伝えしています。

入居を打診するうえで一番難しかったのは、彼が今の家を大好きだということ。

父「俺はこの家を気に入っているんだ。ここから見える景色が大好きなんだ。公園の木々が友達なんだ。」と言われて胸が苦しくなりました。

特別養護老人ホームは出来立てで綺麗なんだけど、綺麗すぎて落ち着かないだろうな・・・とか見学した私は推測していました。

それでもね、色々時間をかけてようやく入居にこぎつけました。おいおいそこまでのプロセスを記します。

入居してもらってからの心境

今はとりあえずホッとしています。

コロナ禍での介護のプレッシャーは辛く長かった・・・。医療・介護サービスを5事業所利用+私、兄、こーさんなど両親の濃厚接触者は大勢います。いつ誰が発症してもおかしくない状況ですものね。

私は誰がかかっても責めないと決めていました。普段から丁寧な食事を心がけ、自分がもしかかったとしても自宅で静養して治す力があると信じていました。

もし万が一急に倒れても大丈夫なように常に2、3日彼らが生きられる食べ物を冷蔵庫に、介護用食品のレトルトやお水の備蓄をして定期的にメンテナンスしていました。

健やかに送り出すことができたのは、両親及び関わってくれた皆さんの努力と自然免疫や獲得免疫の強さのおかげです。ありがたいことです。

23日の日曜日は久しぶりにゆっくり眠れました。毎週日曜日の午前中はヘルパーさんの代わりに下の世話と食事、入浴、洗濯をしに通い続けていた日々。よく頑張ってきたなぁと自分をほめたいです。

新たなチャレンジ

5月23日21時ぐらいに特別養護老人ホームから電話が来ました。

特養「夜分遅くに申し訳ありません。お父様がお母さまと同じ部屋で寝るとおっしゃられて・・・。いかがいたしましょう?」

デラコ「やっぱりそうなりましたか・・・。では、狭くてもだいじょぶですので一緒のベットで寝かせてあげてください。」

特養「大丈夫ですかね?」

デラコ「もう仕方ないので。それで落ち着けばいいのですが。何かあったらまたご連絡ください。」

と、初日は電話を切りました。

5月24日の21時ごろ

デラコ「お父さんどうしました?」

父「あー、美和。明日気仙沼に帰ろうと思うんだけど何時ごろに迎えにくる?」

オーノー。これまでは気仙沼にもう家はなく、母が帰りたいというと「帰るところはもうねえんだぞ」と母に言っていた父。帰巣本能が前の家を通り越して気仙沼になってしまった・・・。

こういう時に大事なポイントがあります。

それは、相手の世界に自分を合わせること

こちらの世界を相手に理解させようとすると却って混乱します。なので、相手の世界の住人を演じるのです。

デラコ「お父さん、明日ね。んで、お昼頃に行ぐがら。」

父「お金ねえがら何も用意してないんだけんとも」

デラコ「いいよ、準備するから。大丈夫だよ。お昼ごろね。また明日」と電話を切りました。

翌朝、特養に連絡をいれて「もしも帰りたい、迎えによこしてくれ。となったら、分かりました。明日お迎えに来ますよと言ってください。」と伝えました。

案の定、寝たら忘れたようで迎えに来て欲しいという電話は来ませんでした。

25日に兄と両親の部屋を片付けに行った時、兄の携帯に父から電話が。私の携帯にかけ方を忘れてしまったようです。

兄が対応して、「こぶし園に引っ越ししたんだよ。高齢者はね入らないとならないからって目黒区が用意してくれるんだよ。」と父が納得しやすい形で分かりやすく優しい声で話す兄。

兄「ちょっと一気に進んじゃったな。だからさ、すごい良いタイミングだったんじゃねーの?預けられてよかったよね。」と冷静でした。さすがです。

そんな感じで、まだまだ両親も私も落ち着いていないけれど、じょじょにね。慣れていこうと思います。

しばしお暇をいただきチャージします。お伝えしたいこと沢山あります。待っていてくださいね。

特別養護老人ホーム入居は新たな始まり” に対して4件のコメントがあります。

  1. 勝本典子 より:

    でらこさん、大変な時にシェアありがとうございます。お父様の言葉にも冷静なデラコさん。すごいです。でも、それが、とっても参考になります。早くお父さまもお母さまも新しい環境に慣れますように!!

    1. hometatsuderako より:

      典子さん、読んでいただきありがとうございます😊
      なんかね、緊急事態に冷静になれる機能が搭載しているみたいなの。ははは
      ほめ介護は心の備え。お役に立てたら本望です。

  2. 千葉咲子 より:

    拝読させて頂きました。私も長い間、介護経験があります。全力でお世話したので、悔いはないけれど、ホントにしんどかった…

     慣れるまではしばらくかかると思いますが、
    陰ながら応援しています…

    1. hometatsuderako より:

      千葉咲子さん、
      介護は親が与えてくれる最後の成長の機会といいますね。お互いがんばりましたね。
      コメントいただきありがとうございます😊嬉しいです。

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